旅
- 株式会社 ハッピーホリック大阪
- 2025年9月18日
- 読了時間: 3分

僕は一度思ったことはやると言うかやってしまう性質で、良くも悪くも「個性」とでも言えばいいのだろうか?
この夏の日に気になって思い出していた事がある。僕は10年前、「大阪から東京まで歩いて行けるかどうか思っその日の夜。寝袋と2リットルのペットボトル、それにありったけの食料バックパックに背負って旅に出た。
本当にいい旅だった。出会った人、起こった事、困った事、助けられた事、沢山の出来事があって、何時迄も見えない、道路標識の「東京」。1号線沿いを歩いて行ったんだけど人が歩けない道路は迂回して、真夜中の峠を越えた時は周りは一寸先は本当に暗闇だった時に、顔を上げれば星空が鮮明に見えた事。
海岸線に出て砂浜で寝袋に蛹みたいになって眠る時に、寄せては返す波の音は、僕は癒してくれた事。マジで?って言うくらい物語の様に台風が来て、僕は駅で避難させて貰うと向かうと電車は止まってる様で、家路に着けない人たちが溢れていて、駅員さん達が毛布や飲み物をくれた、みんなで駅のコンクリートで横たわっている時に、不安や心配の気持ちが漂う中で僕より楽しそうな子供の兄弟。思えば本当に最高に無駄に時間を過ごした。ちなみに寝る場所は芝生の上か砂の上が一番気持ちいい。
その旅で出会った人は夕食に鍋を振舞ってくれて、お土産にお菓子まで用意してれてた。路上生活をしている人に大量のお酒を奢ってもらって真夜中のお城で大いに笑って楽しんだ。人は見かけで判断できないと改めて思ったし、人生は人生は十人十色、幸せの定義をこの旅で改めて知った。誰ある人は、ご飯を奢ってもらって上に女の子がいる夜のお店にに連れられ、閉店する時間が過ぎて、そのお店のオファーで寝かせてもらったり・・・思い出すと自然と笑顔になる。
あれから10年「旅」に出る計画をしている。今度は歩きじゃないけどw、乗り放題切符をおっさんになった自分に買ってあげた。全部乗り継げば、一日で東京に着くかも知れないけれど、いきなり途中下車を何度もして、3日間ほどあの時の足跡を見に行こうと思う。寝袋は久しぶり。今回なぜこんな気持ちになったのか?それは会いたい人が居るからだ。
モザンビークにいるFacebookフレンドで、10年以上語り合う友が言ったんだ。「俺たちジジイなるまでは会えるだろうか?」僕の心を強烈な衝撃が走った。胸を射抜かれた。
そうだ。今出来る「したい」をしなかったら、一生後悔する。それを痛烈に思い出した。
何時まで生きられるか?そんな事は誰にも分からない。
僕の信条は「死際」で静かに目を瞑って笑えるか?だとしたら今「自由」に生きているか?
我慢辛抱はあると思う、でも、それが自分の理想を実現するために求められる強さなら?
世界中を旅するのが、僕の幼い頃からの夢だった。007のジェームスボンドに憧れ、インディジョーンズの世界を想像していた。
後悔のなんて幾つもある。叶わなかった夢も沢山ある。今も遠い理想の自分も居る。
最後に言いたい事を思考回路を書き記そうと思う。
出来るか出来ないかは聞いちゃいない。成功率や失敗の確率も聞いちゃいない。
ただ、やるか?どうかを聞いている。
成功の方程式には必ず失敗は存在する。一番大事なことは結果を出すこと。
どう生きて、どう解釈して、どう思考して、どう行動するかは
大いに期待して光輝いて、感謝と希望を持ってどんな困難にも挑むこと。
自分を大事に大切にして、自分の為に生きること。それは夢物語りじゃない。
多くの人が幻想という名の現実を生きている。本当の世界はその洗脳を解かなきゃいけない。静かに深呼吸をして目を閉じて、問いかけて欲しい。何が欲しい?
長くなっちゃたけど、ここまで読んでくれてありがとう





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